今月7日、京都で大学入試会場を間違えた受験生を、京都府警がサイレンを鳴らし、赤色灯をつけたパトカーで送り届けた対応について、同府警には市民から賛否両論のメールが来ている。「同じ受験生として感謝したくなる」など賛成論が86%ほど。残りが「甘過ぎる」などの批判。「再び同じことがあれば送ってくれるの?」の質問もあり、府警内でも今後の対応について戸惑いがみられる。
ああ、そういえば今は私立大学の試験日程まっただ中なんだなあと思いながら読んだ記事。パトカーで送った、という当日の記事は '会場間違えた! 受験生をパトカーで送る 九条署' で読むことができます。
FeedBack で '京都 受験 パトカー' なんかで検索してみると3件ほどヒット。それぞれ読んでみたけど、ブロガーの間でも賛否両論みたいですね。
僕は素直に賛成派かなあ、心温まるニュースだし読んでいて悪い気分はしない。確かに、同じような目にあって受験できなかった人たちというのはたくさんいるわけで、平等かどうかという目で見てしまうとどうなんだという話もあるんだけど、この会場を間違った本人の当時の様子を想像すると、そういう気分にはならない。
自分のこと振り返ってみて思うのだけど、受験生としての当時って、なんだかみんな異常な雰囲気に呑まれていますよね。身を削って勉強して、試験に次ぐ試験で、もうほんとに自分との戦い。半年〜一年ぐらいそれを続けてると、受験の悪魔に洗脳されるというか、どう考えてもおかしいテンションになっている。誰かが異常なんだと気づかせてくれればいいのだけど、周囲の受験生もみんなそういう状態で普通になってしまっていて、どんどんそれが加速していくという。受験が終わって大学に入ってみると、決まってあれは何だったんだっていう話になるんですが。
そんな受験生の気持ちを考えると、おそらく間違ったことに気づいた時は、それまでに経験したことがないような絶望感を味わった瞬間だったんじゃないかと思います。大袈裟だろと思われるかもしれませんが、受験に呑まれた本人達にとっては全然大袈裟じゃないんですよね。
試験会場で「3,000円払ってくれたら合否教えます」っていう詐欺みたいな商売してる人たちが居ますが(まだ法律で取り締まられたりしていないんだろうか)、あれもそんな受験生たちの不安定な心理を突いた悪徳商法ですよね。(受験生が、その間いかに不安定でおかしな状態になっているかというのは '偏差値70からの大学受験' にある一連のドキュメンタリーを読んでみると、よくわかるかもしれません。このサイトの文章は、それがより一層オーバーに書かれているのですが、わからないでもないです。)
「再び同じことがあれば送ってくれるの?」という質問に対する回答は難しいのでしょうが、少なくとも彼女は会場を間違ったことに気が付いて警察に駆け込むまでの間に味わった苦い体験の中で「もう二度と同じ過ちは繰り返すまい」と心に誓ったはず。これを期に何かを甘くみる...なんてことはないんじゃないかなあ。
僕は、直前まで39度を超える高熱でぶっ倒れていて、点滴と注射を打って、当日も発熱があったまま受験したという経験をしています。なんとか合格して、その大学に入学しました。(恥ずかしながら、そこで失敗してたら浪人だった。) たぶんインフルエンザだったんじゃないかと思うのだけど。普通だったらそんな状態だし受験をあきらめるのだろうけど、当時はほんとに必死だったから、そんなこと全然考えませんでした。
当時宿泊先として世話になっていた叔母と、その病気の診察をしてくださった医師の方には本当に感謝しています。祖母は「知恵熱だったんじゃないの」とか冗談言ってましたけど。
そんな自分の受験期なんかを思い出しつつ、受験生にガンガレ! (・∀・) とエールを送りたい、そんな休日です。