「技術のわかる営業マン」は可能性が極めて低いが、「営業ができる技術屋」は本人次第で可能性が大いにある。そうなれば、営業マンはいらなくなり、技術屋の地位は格段に向上する。まあこれは極端な話ではあるが、似たようなことにはなると思う。
そう考えると、技術屋の地位が低いのは技術屋が技術屋に甘んじているからであり、技術屋の枠を超えればいくらでも地位を向上させることができるわけだ。 (プログラマー天国より.)
技術屋が技術屋に甘んじてしまうのは、技術が手に職だと思い込んでしまうところが大きいように思います。確かにある程度以上の技術を持っていれば、食いっぱぐれることはないのかもしれませんが、それ故に自分は人にはない特別なスキルを持っているんだと勘違いしてしまうんです。
でも実はもっと大局的な視点で見てみると、実は同じ分野の技術を持っている人たちが他にもたくさんいるわけで、その中では大多数の中の一人でしかない。自分が特別なスキルを持っているように感じられるのは、他に技術者がいない小集団の中でだけです。技術者を使う側の人間は、必要とされる分野の技術を持った多くの人の中から人を選べばいいわけであって、結果、個人の能力の高低はまったく数字に表れない人月計算とか、そんな程度の物差しで計られてしまうと。
技術者は技術者に甘んじていては、多数の中の一人として他人に使われるのみ。それが嫌なら別の柱を身に付けるべし、てなことですね。営業ができる技術屋、マーケティングに詳しい技術屋、文章が書ける技術屋。技術屋という肩書きをサブにしている人の方が、一緒に仕事をしたい対象になるなあと思うこの頃。僕もそうありたい。
逆に言うと、技術屋じゃない人も、ある程度の技術を身につければ、自分の価値を飛躍的に高められるということでもあるかと。「技術屋じゃないから技術は学ばなくてもいい」なんてことはないと思いますしね。
技術を学ぶというのは難しく思われるかもしれませんが、文書を読み、実際に手を動かせば誰でも確実に身につくものであり、顧客の動向を分析するとか、これまでにない商品を企画するとか、そんな不確定要素が山盛りの中であくせくするよりもよっぽど簡単だと思います。ある程度以上の世界に足を踏み入れると、論理的思考や才能、センス、経験などが物を言うところになってしまう側面もありますが、技術をメインにするのでなければ、そこまでのレベルに到達する必要もないわけですしね。
技術屋が技術屋に甘んじているのは...
多分、1日技術について何かしなかったらすぐに衰えてしまう恐怖と言うのもあるのではないでしょうか?
動かない機械とかエラーで止まるソフトによってはっきりとわかる形で「あなたはもう、衰えてます」と出るのです
そのような持ち場をこなし、なおかつ営業での攻撃的な提案の数々...
そんな、超人的な心臓を持った人がこの世に何人いるんでしょうか?